感情の文法

「メールを送って、ありがとうございます。」
「電車でとなりの男の人が私の足を踏みました。」
「昨日、寝坊をしました。」

日本語のレッスンでよく見る文章です。

ま、寝坊はこのままでも大丈夫ですが、
これに対しての説明は

相手の好意に対して感謝の心を表したいときには
「送ってくれて」

相手の好意に対して不快に感じる場合には
「踏まれた」(そして、主語は男の人でもなく、足でもなく「私」になる。)

自分の行為を後悔している場合には
「寝坊してしまいました」

がないと

事実だけになってしまい、話者の心情が表現できない。

日本語教師なら誰でもしている説明だと思います。

「くれた」「まれた」「てしまいました」
この部分だけを抽出して、ぴったりの訳語を見つけることは非常に難しい。
(韓国語あたりにはあるかもしれませんね)

日本語が淡々として抑揚がないのは高低アクセントのみだからという
せいだけではなく、文法そのものに感情が含まれているからで
感情表現豊かに話さなくても、そこに感謝も怒りも後悔も
こめることができるからなんだと、本当に最近、ストーンと
体感して、理解しました。

だから、熱っぽく語るのは暑苦しいし
怒りを抑えられないのは下品になる。
好みには個人差があるでしょうが、
それでも、たとえば公の場で悲しみを露わにする外国人の
感情表現に異文化を感じる日本人は多いはずです。

だから日本人が英語を話すときには
意識して感情を盛り込まないと、無感情で伝わらないかも
しれません。

Der Ton macht die Music.

「音が音楽を作る」というドイツ語で「話し方、言い方で伝わり方も違う」と
理解していました。それはある意味で日本語でも同じだと思っていたのですが
それこそ熱っぽく「ドイツ語ではTonがとても大切です」と
ドイツ人が語っていたのを思い出して、最近この言葉の意味を
考え直しています。

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