道は違えど

先日、ヨガのレッスンでめずらしく生徒が私一人。
偶然のプライベートレッスンはとても贅沢な時間。

先生が、「せっかくなので何かリクエストはありますか。」と聞いて下さったので
「特に練習したいポーズはないのですが、燃やしたいです。」とお願いしました。

スタジオには様々なクラスがあります。運動量の多いもの
リラックスにいいもの、じっくり身体をほぐすもの等。

その日のクラスは運動量の多いもの。
ですので、「たくさん動いて、しっかり汗を流したい」気分で
「燃やしたい」とお願いしたわけですが、
先生は「わかりました。」とやさしくにっこり。

クラスは90分。
時間が進むにつれて、
先生がどんなテーマをもって進めているのかがわかってきます。
いつものように少しずつ難易度を上げてチャレンジさせる流れ。

でも、その中に取り入れられたポーズは
一つ一つ、全てが私の課題の部分を練習するのに
いいポーズばかり。
(数あるポーズには系統や、理にかなった順序も
あるため、単純にいろいろなポーズをやればいい
というものでもないのです。)

身体のかたい部分、可動域の狭い部分、
苦手なポーズ等々、先生が普段のレッスンで私の身体を
見て記憶していなければ、ここまでのカスタマイズされた
レッスンは不可能です。

「燃やしたい」と言ったのですから
「燃やすだけ」のレッスンも可能だったわけですが
そこで終わらなかった先生のプロ魂と引き出しの多さに
最後の屍のポーズのとき、感動して涙が出そうでした。

いいレッスンでした。
道は違えど、私も常にこうありたいと思いました。






Comments

Popular Posts