論理と感情の文化

2年ぶりにドイツ語検定に挑戦することにしました。

試験はそれがゴールではなく
途中経過が面白いです。
文法の復習や、語彙の増強やふだん
一日延ばしにしていることをやらないといけない
状況に追い込まれます。
勿論、合格できればいいのですが。

試験勉強中、観察するという新しいドイツ語を覚えましたが
その辞書の説明に「動いているもの、変化するものを観察する」と
説明がありました。

そう言う説明があると
じゃ、静止しているものを観察するっていう
他の語があるってこと?と気になります。

あるんですねぇ!ありました。もう一つの「観察する」という動詞。
面白い!

こういう自分の母語に無い語彙の住み分けがあると
すごく参考になります。
ドイツ人の生徒さんからの質問の背景がより深く理解できます。
母語では言い分けるところ、目標言語でも使い分けが
あるのでは?と当然、思うでしょうから。

それにしてもドイツ語の語彙の住み分けは論理的なのに対して
例えば日本語の文法の住み分けは感情に根ざしているなと
つくづく感じます。

上級に行けば行く程、日本語レッスンの生徒さんがよく言うのは
「今、日本人に表情がない理由がよくわかります。
文法に感情が入ってる。だから表情がいらないんですね。」

日本人でも表情豊かな人はいますけどね(笑)









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