犬のことばー幸せマズル

うちの犬がまだまだ子犬だったころ、犬を長く飼っている友人が
遊びに来てくれました。

うちの犬の性格は子犬のころから、あからさまに甘えたり、媚びたり、ヤキモチを焼いたりすることがほぼなく、どこか気品のある王子キャラに思えたものでした。
でも、私のそばにくっついてマズルを閉じたまま鳴らしているのを友人が見て
「犬は安心するとこういう風に口を鳴らすのよ。」と教えてくれたのです。
「へえ、そうなの?」犬を飼うのが初めてだった私は犬のそういう
習性のようなものを一切知らなかったのです。

以来、うちの犬が何かの折にそうしているのを見るたびに
彼女の言葉を思い出し、(ああ、安心しているのね。リラックスしているのね。)と
思っていたものでした。そして「幸せマズル」と名前をつけました。

犬のことばにはいろんな種類があります。
吠え声だけではなく、しっぽの動きは勿論、目線、耳の付け根の動き
マズルの膨らみ、毛の立ち具合など、いろんなところで
読み取ることができます。そういう犬の表情について私は
徐々に学んで行きました。

うちの犬には持病がありました。原因が特定できてからは
ずっと薬で症状が出ないよう出ないように過ごして来ていました。
シニア世代になり、ある日ついに薬が効かなくなり、後肢麻痺がまず
始まり、そして犬用車椅子を作ったものの、完成してリハビリ開始
3日後に前足も立たなくなりました。

それからは寝たきり生活が始まりました。
はじめの頃は寝たきりと言っても元気いっぱいで、歩けないだけ
という状態だったものの、
あんなにいろいろあった犬の表情がだんだんになくなっていきました。
耳の付け根の動き、マズルの膨らみ、しっぽの動き、表情を読み取れる
いろんなことが一つ一つ。

そしてゆっくりと介護状態へと入ってきました。
老犬介護は楽ではありません。
何時間も吠え続けたり、夜中に数時間おきに吠え続けたり
睡眠不足でぐったりする日々。
痴呆が始まっているんだろうか、そもそも寝たきりの状態なんて
この子にとって幸せなんだろうかと自問自答の毎日。

私の事はわかっているんだろうか。お散歩もいけず、自分で排泄もできず
もうこんなの嫌だって思ってるんじゃないだろうか。

でも、抱きしめると吠え止み、抱っこすると、するのです。
幸せのマズルの動きを。

その音を聞くたびに、友人の言葉を思い出し、私が抱きしめて、抱っこして
この子がこの幸せのマズルの動きをしている限り、絶対にあきらめずに出来る限りのことをしてあげようと、自分自身に言い聞かせた1年半の介護生活でした。

幸いフリーランスですので、仕事は市内のみにし、仕事以外はほぼ外出をせず、
仕事、介護、仕事、介護と出かけては戻り、出かけては戻りの日々でした。
友人に教えられた「幸せマズル」の音がなければ、
乗り越えられなかったかもしれません。

今思うと、あれが最後の犬のことばだったような気がしています。





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